WORD

※“レテから大阪&名古屋へ”のWORDはこちらです!→ http://kondotomohiro.com/word01/
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ハッピーバースデー、松村さん〜

これが松村雄策だ。

今日は4月12日、松村雄策さんの73回目の誕生日。
それをお祝いするかのように、
先月、松村さんにとって11冊目となる著書が発売されました。

「ハウリングの音が聴こえる」と題されたそれは
「小説すばる」に2014年4月号から2018年3月号まで
4年間にわたって掲載された同名の連載エッセイ44回分を収録し、
掲載順に並べたられたもの。

不覚にも「小説すばる」の連載を未チェックだった僕にとっては、
それはすべて、初めて読む松村さんの44回分のエッセイ。

オーマイガッ。。。

これは、あれですよ、例えて言えば
ビートルズの未発表曲が44曲出てきました!
みたいなこと!
ヤバすぎるよね。。
そして、それを手にして1曲ずつ聴いていく。
書いてるだけで興奮してきちゃうな。。

1ページめくる毎に嬉しくなるこの感情。
1つのエッセイを読むごとにページを閉じて噛み締めて。
少しずつ毎日読み進めていきました。

松村さんちに遊びに行ったら、
お酒を呑みながら話してくれて、それを聞いてるような。
毎日、松村さんに会えてるような、そんな感覚。

連載1回目のタイトルは「コージョライズ」。
コージョライズは「オール・マイ・ラヴィング」、
ウェシェゲロベベアンは「ツイスト・アンド・シャウト」の歌い出し。
松村ファンは全員正解ですよね?

そう、ビートルズに始まったこの連載、
最後2回のタイトルは、
「終わりは近づいてる」「それでは、皆さん、さようなら」。
もちろん連載のことだとわかってるけど、
松村さんが僕たちにお別れを告げてるようで
切なくなってしまう。。

そして、最後の連載、最後の言葉に胸がしめつけられる。

ああ、やっぱり、松村さんだ。
そう、これが松村雄策だ。
 
 
前作「僕の樹には誰もいない」が発売になった時、
このWORDに“本を開くと、松村さんがそこにいてくれるのだ”
そう書いた。

そして、今回の本でも、松村さんはそこにいてくれた。
本を開くと、いつもの調子で野球や相撲の話をしてくれた。
そして、最終的には、大好きな音楽の話。

前作に引き続き、
今回もストランドブックスの米田さんが動いてくださり、
1年半という短いスパンで11冊目が出版されることになりました。
米田さんの尽力に感謝の気持ちでいっぱいです。

あとは、これを読んだ僕達がこの本のことを伝えて、
1人でも多くの人に手にしてもらうこと、
それが、きっと12冊目に繋がっていくと思います。
雑誌に掲載された文章をもっともっと本という形で
残してもらえたらと願ってやみません。

まだ読んでない方は是非是非、こちらをチェックしてください!

☆松村雄策「ハウリングの音が聴こえる」 → こちら
 
 
去年の松村さんの誕生日には「ジョンの魂」を聴いた。
今日はこれからツアーへ出発だ。
「ハウリングの音が聴こえる」を持っていこう。

ビートルズの未発表曲をむさぼるように聴くように、
松村さんの言葉を何度も何度も読みたい。
噛み締めながら、繰り返し繰り返し。

そこから、松村さんの声が聞こえてきそうだ。

ウェシェゲロベベアン〜!
 
 
2024年4月12日自宅にて
近藤智洋
 
 
※松村さんが亡くなってから書いたWORD、2022/3/14、4/12、11/4分、2023/3/12、4/12分、2024/3/12分はこの下に残しておきますね。
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☆2024年3月12日に更新したWORDです↓
松村さんに会いたいなあ〜

3月12日

松村雄策さんが亡くなって、今日で2年。
早かったような、でも、ずいぶん時間が経ったような。。

松村さんに会いたいなあ〜、また呑みたいな〜
そう思っても叶う訳はなく。

ただ、、、

先日のmy funny hitchhikerのワンマン@下北沢CLUB Que、
松村さんのご家族に観てもらうことができて。
松村さんにはマイファニを観てもらうことができなかったので、
スゴく嬉しかったのです。

奥さまと娘さん、そしてお孫くん。
ライヴ前に楽屋に挨拶に来て頂いたのだけど、
その時に奥さまから

「雄策の骨を散骨する為にパウダーにしたんです。
 いくつかに分けたんですけど、今日、一つ持ってきて。
 よかったらステージに置いて、雄策にも聴かせてもらえたら」

「わ〜そうなんですね! もちろんです!」

かわいい袋に入ったそれは、
アンプ(フェンダーツイン)の上に置かせてもらった。
今思えば、ベースの周平よりも、ドラムのひろよりも
松村さんがステージ上、僕の一番近くにいてくれたのだなあ。
マイファニはマーシャルとフェンダーツインの2台を鳴らしてる。
きっと、うるさかっただろうなあ〜

「近藤くん、ギターの音デカいよ〜
 アンプは一台でいいんじゃないの〜?」

そう言われそうな気がするなあ、あはは。
初のマイファニライヴ、松村さん、どうでしたか?

ライヴ中は何も考えてなかったけど、
思えば、ずっと何の心配もなく
ただただ、良いライヴになることだけを確信できてたのは
松村さんが背中を押してくれてたからかな〜
きっと、そうだ。

終わってから、奥さまも娘さんもスゴく楽しんでくれたようで
嬉しい言葉をいただいた。
普段の僕とステージ上が違ってびっくりされたようだけど。。
いつも、ボソボソとしか話さないからなあ、あはは。
 
ライヴ中、松村さんのご家族用に席と
お孫くん用にイアーマフを用意してくれた高橋くんにも感謝!
 
 
そして、松村さんに関して嬉しい情報も!
一昨年の10月に発売された「僕の樹には誰もいない」に続く、
新刊「ハウリングの音が聴こえる」が3/22に発売されます。
「小説すばる」の連載が書籍化されるとのこと。
一年半で新しい松村さんの本を手にできるとは!
ほんと、スゴいです!

☆松村雄策「ハウリングの音が聴こえる」 → こちら

ストランドブックスの米田さんが前作に続いて動かれて。
「僕の樹には誰もいない」の最後、あとがきで米田さんは

 これで終わりじゃないし、終わらせるつもりもないからです。
(米田郷之“本書について 松村さんの10冊目”より)

と書かれてました。
それを言葉だけでなく形として実現された
その尽力に感謝の気持ちでいっぱいです。
是非是非、みんなで購入して、また次に繋げたいですね!
 
 
そして、もう1冊、今回のWORDの写真に使った本、
「タッグ・オブ・ウォー 世界のツナ缶大辞典
 TUG OF WAR WORLDWIDE EDITION」
ポールのアルバム「TUG OF WAR」だけを特集したスゴい本です。

その中でリリース時にロンドンで行われたポールの取材、
(松村さんも「岩石生活入門」で詳しく書かれてますが)
日本取材団12名とポールへのインタビューも特集されていて
なんと、松村さんが録音してたカセットテープを元に
そのインタビューの様子が完全再現されてます。
松村さんのご家族がカセットテープを提供されたそうです。

本の中にそのカセットテープの写真も載ってるのですが、
あのテープがあったとは!とびっくりしました。
テープのことは「岩石生活入門」に書かれてて知ってたけど、
さすが物持ちのいい松村さん、大切に保管されてたんですね!

そうなると、スゴく気になるのが
「岩石生活入門」の中、
“18年と8日のマジカル・ミステリー・ツアー”に書かれてたこと、
ポールのインタビューの時に松村さんがポールと交わした言葉。

「アイム・ソー・グラッド・トゥー・シー・ユー、ポール」
「ミュージック・クリティック? ヤー、オーケー」
そして、
「ポール、クッド・ユー・ギヴ・ミー・ユア・オートグラフ?」
「シュア」

インタビューの夜、松村さんが部屋に戻って、何度か聞いて
ベッドに横になって、少し泣いた、というあの音源。
ここもちゃんとテープに残ってるんだろうな〜
スゴいな〜!
 
 
さあ、今日は何を聴こうかな。
やっぱり「ジョンの魂」からはじめようか。
 
2024年3月12日自宅にて
近藤智洋
 
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☆2023年4月12日に更新したWORDです↓
誕生日はいつだって嬉しい。

誕生日

4/12は松村雄策さんの72回目の誕生日。

今日は、朝から明日のQueのライヴに向けてのmy funny hitchhikerのリハーサル。
帰ってきてからビートルズやジョンレノン、ポールのアルバムを聴いて
お酒を呑みながら、松村さんの誕生日をお祝い。

うちのレコードは、松村さんの真似をして
アルファベットじゃなく、えらいもの順に並んでるのです。
うふふ。

今聴いてるのは「ジョンの魂」。
70代の松村さんと、もっともっと呑みたかったなあ〜

2023年4月12日自宅にて
近藤智洋

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☆2023年3月12日に更新したWORDです↓
あれから1年。

あれから1年。

3月12日。
松村雄策さんが亡くなって1年。

今日も春らしい1日。
2年前の3月、ある日のお昼頃、
闘病中の松村さんから電話がかかってきて
ポール&相撲仲間がうちにやってきて呑むから近藤くんも来ないかい?との電話。
すぐに、行きます!と返事して向かった松村さんち。

とっても春らしい1日で駅から松村さんの家まで歩くのが気持ち良かった。
この季節は、これからずっとそのことを思い出すだろう。
その後、岡本くんと2人で遊びに行く時も、いつも気持ちいい天気だった。

うちの留守電、
たまってくると定期的に消していくのだけど、
松村さんの留守電は消せずにそのままだ。
2年前の5月18日、呑み会の日程の留守電。
そのいつもの松村さんの声を聴くと、受話器を取ったら話せるんじゃないかと思ってしまう。

松村さんに会いたいなあ。
新曲できたんですよ。
昨日、アンコールでその新曲を2曲やったんですよ。
めっちゃ良い曲なんですよ〜って話したい。

今日はニールヤングのハーヴェストを聴きながら。
 
2023年3月12日自宅にて
近藤智洋
 
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☆2022年11月4日に更新したWORDです↓
ここから

本を開くと松村さんに会える

今年3月に亡くなった松村雄策さん、
その松村さんの10冊目となる本「僕の樹には誰もいない」が発売になった。

松村さんが亡くなってから
僕にとってのロックンロール・バイブル、1冊目の「アビイ・ロードからの裏通り」からスタートして
毎日、松村さんの本を読み進めていった。

本を開いて、松村さんの言葉を読んでると
そこに松村さんがいるような、いつものように松村さんと呑んでる時に話を聞いてるような
そんな不思議な気持ちになった。
本を開くと、松村さんがそこにいてくれるのだ。

言葉ってスゴい。

その後も、ふとした時に本棚から松村さんの本を取って開く。
そうすると、松村さんがいつものように語りかけてくれるのだ。

そして先日、生前からストランド・ブックスのYさんと発売に向けて準備を進めてた
「僕の樹には誰もいない」が書店に並んだ。
松村さんが亡くなった後、全部の原稿をチェックして本をまとめたYさんの労力は大変なものだったと思う。
ご家族の協力もあって、こうやって形になったこと、スゴく嬉しくて、
そして、こうやって本として読めること、感謝の気持ちでいっぱいだ。

「ロッキングオン」に掲載された2010年以降、
最後の12年間に書かれた原稿から選ばれた50本の中に
僕のソロアルバム「塔」について書かれた「鮮やかな静寂」を見つけた時、
あまりの嬉しさに胸が締めつけられた。
そして、ストランド・ブックスYさんにセレクトしてくださったことへのお礼をメールで伝えた。

そしたらね、Yさんからの返信があり、こう書いてあったのだ。(WORD掲載の許可いただいてます)

 近藤さんに関して松村さんの原稿は当初から入れるつもりでした。
 というのは、もちろん松村さんが他にも
 近藤さん及びPEALOUTの作品についてかなり書かれているということや、
 個人的なお付き合いということも頭をよぎらなかったわけはないのですが(でもニック・ロウは入れられなかった)、
 それが入れた理由ではなく、
 あとがきにも書きましたが、雑誌掲載の切り抜きをしていった中にいくつか、
 雑誌そのものに直しが入っているものがあって。
 多分、松村さんの性格から、雑誌が送られてきてすぐに見て、
 単行本収録の時のためにご自分なりに直しを入れられたのだろうと思いました。
 近藤さんについてのあの原稿にも直しが入っていました。
 つまり、ご本人は収録するために直したのだろう=本に入れるべし、という意思と判断しました。
 なので、松村さんが入れたのですよ。
 松村さんにお礼を、です。

えっ?
雑誌掲載後に直しを入れてあった、、?

松村さんの気持ちが伝わってきて、
込み上げる気持ちをおさえることができなかった。。
松村さん。。。。
 
 
中学3年、1981年1月にジョンレノン追悼の文章で初めて松村さんの言葉に触れて以来、
何度も何度も何度もむさぼるように読んだ「アビイ・ロードからの裏通り」、
そして、毎月必ず読んでいたロッキングオンの文章。
その後、40年の間に、その文章の中に自分も関わることができたこと、
そして、同じ時間を共有し生きることができたこと、
こんなに幸せなことはないよね。。
 
 
「僕の樹には誰もいない」は最後の12年をまとめたもの。
最後の原稿「Still Alive And…」を読むと
その先の言葉を読むことができない寂しさにおそわれてしまうけれど、
それ以前の2000年〜2010年以外にも単行本未収録原稿が多くある時期が存在するとのこと、
だからこの先、11冊目、12冊目と繋がっていくことを心から願います。
よかったら、このWORDを読んでる方みんなに
是非、「僕の樹には誰もいない」を購入して手にしてもらえたらと思います。
それがきっと、次へと繋がるからです。

「僕の樹には誰もいない」の最後、あとがきはYさんこと米田郷之さんが
この本の出版にいたるまでの経緯を書かれてます。
松村さんの思いがスゴく伝わってくるあたたかくて素敵な文章です。
これも、是非みんなに読んでもらいたいです。

 これで終わりじゃないし、終わらせるつもりもないからです。
(米田郷之“本書について 松村さんの10冊目”より)

こんなに力をもらう言葉はないです。
松村さんの言葉が好きな人、みんなで協力して
まずは次、11冊目を出したいですね!
もう、松村さんの次の新しい言葉が読めないとしても
今までの言葉を残していくことはできるはずです。

そして、あとがきの最後、松村さんのお子さん達の言葉が記されてました。
それは胸の奥まで伝わるもので、
この本が出版されて本当に良かった、心からそう思いました。
 
 
ビートルズを聴きながら、このWORDを書いてます。
さあ、書き終えたら、本を開いてまた松村さんに会いに行こう。
松村さんは、いつでもそこにいてくれる。
 
 
2022年11月4日自宅にて
近藤智洋
 
 
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☆2022年4月12日に更新したWORDです↓
本を読むといつでも松村さんがそこにいる、そんな気がします。

松村雄策さんとエイプリル・パッセンジャー

今日は4月12日、松村雄策さんの71回目の誕生日。
とっても良い天気!
そう、松村さんちに遊びに行く時は、いつもこんな気持ち良い天気だったな。
 
 
先月12日に亡くなってから、ちょうど1ヶ月。
松村さんのことを書こうと思いながらも
まだうまく書けそうにありません。
なので、思いついたことをつらつらと書いてみようと思います。
多分、かなり長くなるかと思います、すみません。。

3/14にアップしたWORDで松村さんの言葉との出会い、
そして、幸運にも松村さんにお会いすることができ、その後のことは書いたので
今回は、この一年のことで僕が憶えてる松村さんのことを書ければと思ってます。
  
 
□ All my loving

去年の3月、ある日曜日、松村さんから電話があって、
DONUTSの森内さんや相撲仲間の方が遊びにくるから、近藤くんも来ない?と電話があり。
2020年12月に癌になったよ、、、と電話があってからの闘病生活、
電話でしか話せてなかったので、
松村さんと会えるのが嬉しくて喜んで遊びに行った。

それまで松村さんとは、いつも居酒屋で呑んでたので、ご自宅に行くのは初めて。
きれいに整頓された松村さんの部屋は、
渋谷陽一さんがブログに書かれていたように
ビートルズのポスターやポールのポスターが貼ってあって、ほんと学生の部屋のよう。
その日、みんなが持ち寄ったお酒やつまみで呑みながら
松村さんもいつもと変わらず楽しそうで、ほんとご機嫌な呑み会だったのです。

※松村さんちのポスターのこと。
 ある日のこと、電話で話してる時に、僕が「今日は何してたんですか?」と聞くと
 「いや、今日はね、部屋のポスターを変えようといろいろ選んでたんだよ」と松村さん。
 そして次に遊びに行くと、この前とは違うビートルズのポスターになってるのです。
 「近藤くん、この写真見たことある?」
 「あ、これはペニーレインの頃の。あ!でも角度が違いますね!!」
 「うふふ、だろう?これ、見たことないでしょう〜」
 松村さんが嬉しいそうに言ってたのを思い出します。
 
 そして、ポスターと同じように棚の上に飾ってあったレコード、
 松村さんの1stアルバム「夢の人」だったり、ビートルズの「A Hard Day’s Night」だったり。
 松村さんが1965年のお正月に買った初めてのLP、松村さんが人生で一番聴いたアルバム。
 これを見た時の興奮ったら!
 「松村さん! !写真撮って良いですか!!!」
 今回のWORDの写真はその時、松村さんちで撮らせてもらった「A Hard Day’s Night」のLPです。
 
 
□ Any time at all

初めて松村さんちに行った後、電話でまた呑みましょう!ってことになり
3/27に岡本くんと遊びに行って、その呑み会は毎月1回、9月まで続いた。
お酒はビール6本に日本酒か焼酎を持ってって。
足りなくなったら、松村さんちの日本酒をプラスして。
そして、つまみは松村さんの大好きな崎陽軒の焼売、そしてイカ刺しは必須で。
あとは僕の好きな唐揚げとか岡本くんの好きな野菜系の惣菜とか。

毎回楽しくて最高で。
いつも松村さんが一番呑んでて。
そうそう、松村さんはほんとお酒強かったなあ〜
PEALOUTの頃からたくさん一緒に呑んでるけど
松村さんが途中で寝たり、酔い潰れたりしたのは見たことがない。
いつも最後まで正しくご機嫌に呑んでた。
あ、一度、渋谷の居酒屋で隣りの若者にむかついて立ち上がり、
喧嘩になりそうなのを止めたことがあったっけかな? あはは。

呑み会の翌朝、「松村さん、昨日はその後大丈夫でした〜?」と電話すると、
「いや〜、2人が帰ったあと、また2本呑んじゃったよ〜」なんてね。
で、「いや〜、ほんとに楽しかったです。またやりましょう!」との言葉をもらい
それが嬉しくて、また翌月も遊びに行ったのです。

岡本くんと最初に行った日、
確か雑誌かなんかに載せる用でセレクトしたものだったのかな?
松村さんがポールのソロベストを選曲したメモを見せてくれた。
その手書きのメモにウォ〜〜〜!となったので写真を撮らせてもらったのです。
この通りに聴いてみたい!!と思ってね。

そんで、翌月、遊びに行く時に
その曲順通りにCD-Rに焼いて松村さんにプレゼントしたのです。
松村さんの手書きリストの写真をジャケットにして。
そして、そのCD-Rをラジカセでかけると、一緒に歌ってご機嫌になった松村さん、
スゴく嬉しかったなあ〜
音がでかくてまずいかな〜と思って、こそっと小さくすると
「近藤くん、もっと音量上げて!」と言われ〜あはは。
その日はそのCD-Rをエンドレスで聴きながら、最高に楽しい呑み会だった。
やっぱり音楽聴きながらは楽しいね〜と。

※3/22、松村さんの葬儀の時、流れてる音楽はポールの曲、
 それを聴きながら、「あれ?この曲順って??」と思ったのです!
 もしかしたら、松村さんセレクトのポールソロベストかな??

 後日、松村さんの「それがどうした風が吹く」の編集をされて
 今、松村さん10冊目の本「僕の樹には誰もいない」の出版に向けて動いてらっしゃる
 ストランド・ブックスのYさんからお伺いしたのですが、松村さんセレクトのポールソロベストCD-R
 松村さんが「これを流してほしい」とご家族に言われてたそうで。
 この話を聞いて、スゴくスゴく嬉しかったのです。
 ああ、CD-R作って良かったなあ〜と。

僕が撮った松村さん手書きのセレクトのポールソロベスト、貼っておきますね。
よかったら、是非、この曲順で聴いてみてください。
(先日のソロワンマンのBGMで流させてもらいました)

※1曲目の「intro」というのは、「Let it be」の冒頭でポールが弾くピアノ曲です。
「Let it be ネイキッド」のボーナスCD「Fly on the wall」の中に入ってたので、そこから切り取りました。
※「Cosmically conscious」はフルバージョンと聞いてたので、それを入れてます。

是非、この曲順で聴いてみてください〜!
 
 
□ 「ビートルズがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!」

岡本くんと松村さんちに遊びに(呑みに?)行くようになって何回目だったかな?
いつものようにビートルズの話をしてたら
岡本くんが、まだ映画「ビートルズがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!」を観たことがないって話になって
「おまえ、岡本なあ〜!どういうことだよ!」と、当然の展開となり、今から観よう!となったのです。

その時の僕の胸の内は
「ヤバい!! 松村さんとヤア!ヤア!ヤア!が観れる!!!! 岡本くん、観てなくてありがとう!!!!」でした、あはは。

だって、松村さんが映画館で150回、ビデオで100回観たというヤア!ヤア!ヤア!ですよ!
(DVDも入れたら合計300回かな)
松村フリークとして、こんな天国みたいな瞬間あります??!!

松村さんが持ってる「ヤア!ヤア!ヤア!」は輸入版DVD、
確かジョージマーティンが音に関わってると松村さんが言ってたような。。
で、輸入版ということは、日本語字幕がないのです!
昼間だったので、カーテン閉めて、DVDをセットして。
わ〜、松村さんと「ヤア!ヤア!ヤア!」観るんだ〜と感激してたら、
その後、更にそれを上回る感動が〜〜〜!!

さっき書いたように、このDVDは日本語字幕がないのです。
で、岡本くんは初めてこの映画を観るのです。

映画が始まりビートルズがしゃべりだすと
なんと、後ろで松村さんが全部、吹き替えをやってくれたのです!!!
なんなら、セリフより先に話し出すくらい!?
これには感動しました!
松村さん、最初から最後までず〜っと吹き替えやってくれました。。。ううっ。。。感動。。

松村さんの本で「ヤア!ヤア!ヤア!」は一時期セリフを全部覚えてたってのを読んだことがあるんですが
それは本当だったのだな〜
松村さんの吹き替えで「ヤア!ヤア!ヤア!」を観たのは世界で僕と岡本くんだけなのでは?!
 
 
□ And fly

あと、憶えてるのは、
遊びに行くと、ハガキサイズのフォトアルバムを松村さんが見せてくれて。
「最近、写真を整理してるんだよ」と言って。
そこには赤ちゃんの頃からの松村さんの写真が入ってて。
小学校、中学校、高校、バンド時代、家族の写真等々。
(高校生の頃?木に登って、ストロベリーフィールズのMVみたいな写真もありました)
それは行くたびごとに入れ替わっていて、毎回ブラッシュアップされていた。

そして、もう一冊、松村さんが会ったミュージシャンとの写真、
エリックバードン、ニックロウ、レイ・マンザレク、etc.
そして、何よりポールマッカートニーとの2ショットは最高の写真!!

それは今までの人生をしっかり形に残しておきたい、という
「最後」を意識した松村さんのやっておきたいこと、のように感じた。

そしてそれはちょうど、昨日発売になったばかりの松村さんがボーカル「イターナウ」のCDも
松村さんが持ってたマスターテープが使えるか確認してもらってる、という話だったり
先ほど書いたストランド・ブックスのYさんが出版に向けて動いてる
松村さん10冊目の本「僕の樹には誰もいない」用に古い雑誌を整理されてたり、
闘病生活の中、松村さんが、最後の仕事をやり遂げようとしてる姿、思いをずっと感じていた。

そして、そのフォトアルバムの中に
実家の松村さんの部屋の写真があった。
モノクロの写真、その壁に一枚のポスターがあったのだ。
暗くてよく見えなかったので「このポスター、誰のやつですか?」と聞くと
「ドアーズだよ」との答え。
「え? もしかして、Death makes angels of us all, and gives us wingsの?」
「うん、そうだよ」

わおっ。。
「アビイ・ロードからの裏通り」に収録されてる「アンド・フライ」に出てくるドアーズのポスター。。
ほんとにあったんだ。。。

その写真はさっき書いたようにモノクロで
その部屋は、まさに高校の頃に夢中になって読んだ
僕が思ってた松村雄策の部屋、そのものだったのだ。

〜 Death makes angels of us all, and gives us wings and fly 〜
 
 
□ Still Alive And…

松村さんは体調崩して、癌とわかってから、ロッキングオンは休載されていた。
でも、呑み会の会話の中で、
「松村さん、また書いてくださいよ〜、
 松村さんの言葉を待ってる人、たくさんいると思いますよ。。」なんて、
今思えば、図々しいことを言ってたなあと思うのだけど
松村雄策ファンとしては、やはり、今の松村さんが書く文章を読みたかったのだ。。
ただ、松村さんもその時は書く気力がなかったのだと思う。

その後、8月だったかな、遊びに行った時に
「また原稿書こうと思ってるよ、今度、山崎に連絡しようと思っててね」
その言葉を聞いた時、スゴくスゴく嬉しかった。。

僕が松村さんに最後に会ったのは去年の9/18。
岡本くんがオーガスタキャンプで忙しい時期だったので1人で行ったのです。
(手帳には「松村さん サーモン以外」と書いてある。。。サーモンは好きじゃないと聞いたのかな??)
松村さんと2人で呑むのは何年ぶりだったろう?
やっぱりこの日も最高に楽しい1日だった。

酔いも回ってきた頃だったか、松村さんが、ふとこう言った
「近藤くん、今書いてる原稿読む?」
その瞬間、頭が真っ白になった。。
「え? 原稿って、もしかして、ロッキングオンに書いてるやつですか?」
「そうそう、今、半分くらい書いたんだけどね」
「、、、、、、ヒョjm不dcイアsh(動揺)、、、は、はい、読ませてください!!」

10/7売りの11月に載った原稿だった。。
松村さんの原稿を世界で一番目に読む、、、、
柳川の小さな町で松村雄策の言葉に出会った中学3年、
こんなことがあるとは思ってもみなかった。。
原稿用紙に書かれた手書きの文字、ああ、、松村さんの字だ。。
そして、その文章は、まさに「松村雄策」だった。。
読みながら、こぼれる涙を止めることができなかった。。

「近藤くん、泣いちゃうんだもんなぁ」松村さんが困ったようにそう言った。

だって、こんな瞬間、人生でそうそうないですよ。。。心の中でそう思った。

誌面になった文章もその後改めて読んだ、そのタイトルは「Still Alive And…」。
そして思った、これは最後を覚悟して書いた僕らへのメッセージだと。
「今迄、ありがとうございました」
この言葉を書けて、松村さんはスゴく安心したんじゃないかなあ。。
もちろん、『レット・イット・ビー』の新しいバージョン、それを見なければ、死ぬに死ねない、
というのも本心だったと思う。

だからこそ、なんとしても松村さんに「GET BACK」は観せてあげたかった。
それが松村さんから40年間受け取ってきたものに対する、せめてものお返しになるはずだ。
 
 
□ GET BACK

10月以降は、この頃にしましょうか〜と日程を決めても
松村さんが入院されたりと、遊びに行くのが難しくなった。
その入院も長くなってきて、電話で話すのも厳しい状況。
そんな中、年明けの1月、松村さんと電話が繋がった。
ちょうど退院されたばかりだったようで、
でも、かなり、弱ってきてきてるのがその声から伝わってきた。

ただ、その電話の中、最後に振り絞るように大きな声で
「近藤くん、今までありがとうね!」と松村さんが言った。
「いやいや、まだまだ呑みましょうよ、楽しいことしましょうよ!」
電話を切ったら涙が止まらなかった。

なんで、あの時、「僕の方こそ、今までありがとうございました!」と言えなかったんだろう。。

でも、だからこそ、会えなくても「GET BACK」だけは観てもらわなきゃ。
そう思ったのだ。
じゃなかったら後悔しか残らない。

2月、松村さんから電話越しに
「はい、全部観ました、良かったです」と力強く言ってもらった時、
心から嬉しかった、安心した。
間に合った、、と思った。
 
 
□ 苺畑の午前五時

1月、久しぶりに「苺畑の午前五時」を読み直した。
そこに出てくるのは、これまで松村さんが呑みながら話してくれたことだった。
お父さんのこと、実家のこと、ビートルズ、武道館、高校生活等々。。
ああ、これは松村さんの自叙伝だったんだなと改めて思った。

PEALOUTの頃、松村さんから「苺畑の午前五時」がドラマ化される話があると聞いた。
「スゴいですね!!決まるといいですね!」
「うん、それでね、もし決まったら、エンディングテーマは
 PEALOUTの「APRIL PASSENGER」にして欲しいと伝えてるんだよ」
「、、、vcfrつっじゅいmjhty(動揺)、ほ、ほんとですか!?」

残念ながらドラマ化は決まらなかったけど
でも、松村さんのあの言葉は僕の宝物だ。
あの時電話で話してた感触を今でも憶えてる。
松村さんの気持ちがスゴくスゴく嬉しかったのだ。

2016年に松村さんは脳梗塞になり、その後リハビリされてた。
だいぶ回復された頃、例のごとく岡本くんと松村さんと3人で呑んでる時に
3人でなんかやりませんか?という話になり、
ただ、松村さんはもう歌えないと言い、だったらトークライヴしましょうよ〜
3人のビートルズを語りませんか?ということで
2018/11/28に下北沢のラウンという場所で
「3人のロックンロールミュージック」というイベントをやった。

松村さんは、ちゃんとしゃべれるかなあと心配してたけど
そんな心配は無用で、3人で呑みながら、いつもの居酒屋トークで楽しいイベントとなった。
お客さんもスゴく楽しんでくれた。
だったら、このままツアーやっちゃいますか〜!と
大阪名古屋を2回仮ブッキングしたのだけど、
残念ながらスケジュールが合わずできずじまいに終わった。。
松村さんとツアーしたかったなあ。。。

ラウンでやったトークライヴ、
多分、松村さんがお客さんの前に出た最後だと思う。
そのイベントの最後、岡本くんがトイレに行ってる間、
次何やりましょうかね〜あれやろうかな〜と話してると、松村さんが
「その前に1人でやりなさいよ〜」と一言。

あ、、、これは、あの曲を歌わなきゃ、松村さんが聴きたい歌を歌いたい、そう思った。

歌い終わった時、松村さんがスゴく感動してくれたのが伝わってきて
それがスゴく嬉しかったんだ。
ああ、歌えて良かった。。

そして、今もスゴくそう思う。
あの時、あの歌をうたえて良かった。

「ありがとうございました」と言えなかったけど
この歌を歌った気持ちはしっかり伝わってると思うのだ。
 
 
□ And in the end, the love you take is equal to the love you make.

ずいぶん長くなってしまいました。。。
読んでくれてありがとう。
 
 
最後に。

あの世なんてないってこと、実は僕たちは知っている。
でも、向こうでジョンに、ジョージに、ジムモリソンに会って楽しくおしゃべりしてくれてたらいいな〜
そんな願望を捨てきれない。

でも、やっぱり、きっとあの世なんてないんだろうな、と思うのです。
そして、この年になると
生まれ変わるなんてまっぴらごめんだとも思うのです。
だって、また、新しい人生を自分の知らないとこから始めるなんて
恐怖でしかない。。今世の記憶がないとしても。

あの世も生まれ変わりもない、
ただ、無になるだけだと思うんです。

僕たちは、今、この時代に生を与えられ、
この場所に生まれてきた。
だからこそ、その中で出会えた人と
同じ空間、同じ瞬間を共有できたことへの
そのかけがえのない大切さを、改めて思うのです。

福岡県柳川市の田舎町にあった、僕の家、
そこで出会えた松村さんの言葉。
それを何度も何度も噛みしめながら
近藤智洋という生命体を活性化することができたこと、
そして、そんな多大な影響を与えてくれた松村さんと出会うことができたこと。
この瞬間の連続、時間を共有できたことのありがたさを
あの日から、毎日、僕はずっと思い続けてるのです。
 
 
APRIL PASSENGER

時間は告げる、やさしく、時に悲しげに
僕達の若さを、いや、僕達が若かったということを?

時間は告げる、穏やかに、時に狂気に満ちて
俺達の生を、それとも
俺達はずっと死んだままだということを?

今日に降り注ぐ雨
その雨粒は、昔からの物語を知っている
今日に吹きつける風
僕達の魂を運んでいくその風は、どこに向かうのだろう?
もう泣いたりはしない
ため息をついたりはしない

僕達は4月の旅人
きっと
僕達はここにいる
僕達は4月の旅人
きっと
僕達はここにいる
それは、永遠に続く航路をみつけるため
僕は、そうありたい
 
 
□ 近藤智洋「APRIL PASSENGER (PEALOUT)」 (2018/11/28@下北沢ラウン) → こちら

 
松村さんも僕たちも
きっと4月の旅人。
これからもずっと。
 
 
2022年4月12日 松村さんの誕生日に自宅にて
近藤智洋
 
 
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☆2022年3月14日に更新したWORDです↓
ずっと帯は外して本に挟んでたんだけど、今はこの言葉が胸にしみる。。

松村雄策さんとGET BACK

3月12日、松村雄策さんが亡くなった。。

中学3年の冬、ジョンレノンが亡くなった翌月、
初めてロッキングオンを買い、松村さんの言葉と出会った。
そこから毎月、松村さんのページを何度も読み、
高校1年の時に出た「アビイ・ロードの裏通り」、
もう何度も何度も、何度も何度も繰り返し読んだ。
夕飯食べて自分の部屋へ行き、勉強してるフリして読んでたから、カセットなんて聴けない。
でも、その本の中から言葉が踊り、
歌がビートがシャウトが聴こえてきたのだ。
これが、僕にとってのロックンロールバイブル。

会社員を辞めてバンドのメンバーを探しPEALOUTを組んだのは28才の時、
それから幸運なことにCDをリリースするようになり、
ある日、ちわきまゆみさんのイベントに出た時に松村さんと出会うことができた。

PEALOUTを、そして近藤智洋を
松村さんはずっと応援してくれた。
それがどんなに力をもらったことか。
ロッキングオンの松村さんのページに書いてもらったのは、一生の宝物。

そして、PEALOUTのワンマンには必ず足を運んでくれて
打ち上げでは、何度も朝まで呑んだ。
解散ライヴの打ち上げ、みんなつぶれたり、帰ったり
そんな中、最後朝10時まで元気だったのが松村さん。

その後、ライヴがなくても一緒に呑むようになり
コイルの岡本くんやシンガーの大塚利恵さんと松村会と称して
溝の口で集まって呑んだり、
ここ数年は平間にある松村さんお気に入りの店でよく呑んだ。

そして、脳梗塞、その後回復された後の癌。。

去年の今頃、まさに春らしい1日からのこの1年は
コロナ、そして松村さんの体調と限られた時間の中、
できるだけ会いたいとコイルの岡本くんと
毎月、酒とつまみを持って遊びに行った。
秋以降はそれも叶わず、その代わり電話を通じてその時間を大事にした。

なんか書きたいこと、伝えたいことがたくさんあるのに
今はうまく整理して書けないです。。。
また、時間を置いてゆっくり書けたらと思います。
松村さんの誕生日あたりにできたらいいな。。
 
 
今、Twitterを松村雄策で検索すると
松村さんを追悼するたくさんの愛ある言葉に出会います。
追いきれないくらい。
その中に松村さんはGET BACKを観たのだろうか?
観てくれてるといいな、という言葉をいくつか見つけました。

なので、これだけは伝えておかねばと思ったのが
このWORDを書き始めたきっかけでした。

松村さんは2月に「GET BACK」、観ましたよ!!

その頃はもう、起き上がるのも大変で寝たきりだったと聞いてます。
でも、ご家族の方から、GET BACKの画面が始まると、
座位を取り、顔つきも一気に変わったと伺いました。
その姿にご家族は涙されたそうです。

ビートルズの力はスゴいです。
松村さんがビートルズと駆け抜けたその思いはスゴいです。

8時間あるGET BACK、最後まで観ることができたのかが心配でしたが
その後、電話して「松村さん、観れました?」と聞いたら
「はい、全部観ました、良かったです」と力強く言ってくださった。

そう、GET BACKは松村さんが観なくて誰が観る?
ずっとそう思ってたので、その言葉を聞いて、ほんと安心しました。
ほんとに良かった。。間に合って良かった。

昨日、ご家族の方と電話で話した時、
先日生まれたお孫さんを抱けたこと、
そして、GET BACKを観たこと、
それが松村さんの命を少し延ばしたはずです、との言葉に涙しました。
 
 
受話器を取ってリダイアルすると松村さんに電話が繋がり声が聞ける、
もう、それができないと思うと、寂しくて、悲しくてしょうがないです。。
この1年、いつかはこの日が来ると心の準備をしていたはずなのに。。
 
 
簡潔に書こうと思ったのに、長くなってしまいました。。
続きは、また4月にでも。

松村さんちに遊びに行く時は、
いつも今日のように天気が良くて気持ちいい風が吹いてました。

さあ、今日はビートルズを聴こうか、バッドフィンガーを聴こうか。
アニマルズ?、ニックロウ?
いや、ドアーズかな、ジャックスかな。。
 
 
2022年3月14日、自宅にて
近藤智洋
 
 
大好きな写真です。去年の8月。

岡本「松村さ〜ん、タバコ吸っちゃダメじゃないですか〜!死んじゃいますよ!!」
松村「いやいや、これは前のより10分の1で軽いんだよ〜で、本数少なくしてるし」
岡本「しょうがないなあ〜、じゃあオレももらっちゃおうかな、もう何十年も吸ってないけど」
近藤「あっ!じゃあ、オレも吸ってみたい〜」
ってことで、3人タバコで自撮りしました。。
 
 
〒he picture postcard from KDTH